心に残る映画が愛おしい。

心に残る映画をいつも探しています。

グリーンブックが愛おしい。

グリーンブックを観ました。
最高に愛おしかったので感想を。




以下、本作ネタバレ及び関連作品ネタバレを含みます。
苦手な方は御遠慮ください。



























「トニー·リップ」という愛され主人公

これまでのヴィゴの役柄はどこか暗い。


彼は、とにかく役に入り込む。
聴衆が見ていて不安になるほどに役に入り込む。

「ロード」では、世紀末で人食いが蔓延る世界を海を目指して、小さな息子とひたすら歩き続ける父を演じたが、ヴィゴの役作りは凄まじかった。
滝の下で身体を洗うヴィゴの後ろ姿は骨が激しく浮き上がる程に痩せてこけており本当に印象的だ。

そのほか、裏社会で生きる男や違法な商売で人生を狂わす男、世界大戦下を淡々と生きる男をこれまで演じたが、どれもどこか影を落とした人物をありありと表現している。


一言で言うと彼が演じる人物は、訳ありなのだ。


訳ありな登場人物には影がある。



通常、映画を観ている聴衆の目には、登場人物の光だけが入ることが多く、影は入ってきにくい。

MARVEL作品などの主役をイメージしてみてほしい。光に満ち溢れている。心情はいつもシンプルで「人々を救いたい」その一点。人に話せないような嘘をつくことはないし、人に話せないような悪さをすることはない。


では反対に、嘘があり悪がある主役はどうか。
影があるということになる。

その影を表現することが上手いのヴィゴだ。

筆者は演技の知識がある訳では無いので、あくまで憶測なのだが、
嘘であったり、悪事というのは、隠すことが付きまとう。

ヴィゴの演じる影のある主役たちは、いつも何かを隠している。そこに影を感じる。


先に述べた通り、訳ありな登場人物に彼は深く深く入り込む。


あまりにも深く入り込んでいるので、彼の演じる登場人物には、深い深い影があった。


そんななか、転換期となったように思えるのが、「はじまりへの旅(2016年)」である。

まあ、こちらの作品でヴィゴが演じたベンも訳ありちゃ訳ありで、自分の子どもたちに強靭な精神と肉体を鍛えさせ、学校には生かせず独自の教訓で子育てをしちゃうパパなのだが、驚くべきことに、ベンにはその影があまりない。

序盤で自分の方針に悩み葛藤し取り乱す様は少なからず影を感じさせるものの、終盤にて、子どもたちと向き合い、深くわかり合い、笑いを絶やすことなくハッピーエンドを迎える頃には微塵も影を感じさせない。

おかしなキャラクターながらも、子どもたちへの愛で溢れる心優しき父親ベンからは、新しいヴィゴの魅力を堪能することができる。


また、同時に注目したいのが、この作品でヴィゴがアカデミー主演男優賞ノミネートを果たしたことである。

これ以前の彼の作品は、映画館での公開数は少なく、レンタルでもたまにしかお目にかけない。レンタルショップの隅の方にひっそりと一本だけ置かれていることが多かった。
それは程度の差こそあれ、アメリカでも同じだったと思われる。

ノミネート後に彼が主演を務めたグリーンブックは、世間の注目を集めることとなった。

はじまりへの旅が、転換期に思える所以である。



グリーンブックの主人公トニーは、影なきキャラクター

荒くれ者で暴力に走って、トラブルを起こしたり職を失ったりすることが玉にキズだが、その腕っぷしを評価され、家族や友人たちからは厚く信頼されていたり、明るく茶化されたり、愛されていることがわかる。

家賃を払えないようなその日暮らしにあくせくしたり、イタリアの血筋であることを差別されたり、どちらかと言えばはみ出しものだが、
普段は、ホットドッグの早食いで小遣い稼ぎし、ヴァレロンガの姓を誇りに思い、美味しいパスタを愛し、奥さんに一生懸命に手紙を書いたり、陽気で茶目っ気のある人物である。

ガサツで、すぐ手が出る男。普通ならば、悪事のひとつやふたつやってて人には言えない嘘のひとつやふたつがあって…。そんなイメージなのに、トニーは、違う。

トニーには、嘘がない。

嘘がないから、ガサツで、すぐ手が出るのだ!(笑)


「トニー·リップ(デタラメなトニー)というアダ名をつけられて、侮辱されたとは思わないのか?」と問われて、トニーは、笑う。

「口が上手いってことだろ?」

トニーには、デタラメと呼ばれることさえも、褒め言葉なのだ。

トニーには、人には言えない嘘なんてない。

トニーは、いつだってあっけらかんとしていて、影が全くない、光に満ち溢れた人物なのだ。

トニーは、なんというか、「パイレーツオブカリビアン」のジャック・スパロウみたいな感じ(笑)


トニー·リップは、愛され主人公の仲間入りを果たしたように思う。



ドンに「俺はあんたよりも黒人だ」と言い放ち、激しく言い争いになるシーンがある。

黒人ゆえにどれだけ才能があっても、不遇な目に合うドンを近くで見てきたにも関わらず、そんな言葉を言い放つあたり、トニーだなぁと思う。

その時に、ふと脳裏に浮かんだ言葉を言い放てるのが、トニーなのだ。
そこには微塵の嘘がない。

だからこそ、ドンから「俺は孤独だ。黒人ですらないんだ!」という深い深い本音を引き出し、二人は本当の意味で友人になれたのだと思う。


トニーは、その場任せの嘘で、人の機嫌を伺うことをしない。
本当の意味で、トニーには嘘がない。


ドンがシャンパンを手に、ヴァレロンガ家に足を運び、一緒にクリスマスイブを過ごすエンディングが、本当に愛おしくて仕方なかった。

「グリーンブック」は、何度でも楽しめる作品


トニー·ヴァレロンガには影が必要ないから、グリーンブックは終始、陽気な雰囲気が漂う。


「それでも夜が開ける」「52 世界を変えた男」等、信念を貫いた黒人男性の話は、感慨深く勇気を与えられるものの、やはり苦難に満ちた展開が多く、陽気な雰囲気とは縁遠い。

ところが、グリーンブックでは、信念を貫くという面はドンに全面委任されているため、
トニーは、思い切りトニーらしく行動することができる構成となっている。

その正直で陽気なトニーの姿は、苦難に満ちた南部横断の旅をしながら、
時にドンと共鳴し心折れそうな心情になりうる我々観客のことをも、

励まし、魅了するので、陽気な気分で鑑賞することができる。


またグリーンブックは、ポップをはじめ多彩な曲と、車窓から覗く雄大な自然や個性的な旅のスポットが、南部横断の旅を彩る。

最後まで飽きることなくトニーとドンと共に旅を楽しめる。


ドイツのチェロ奏者とのトニーの交流や、終盤でのパンク修理を手助けする警官とのやり取りは、人種や見かけで人を決めつけてはいけないという主題に帰結する。

「黒人はフライドチキンが好き」「黒人はみな兄弟」など誤った観念に惑わされず、その人の内面をしっかり見るべきとする主題は、私達が思いのほか実践できていないことではなかろうか。


人を見かけで判断してはいけない。



何度観ても楽しめる映画といえよう。


グリーンブックが愛おしい。

影が深く差す登場人物達を愚直に演じ続けてきた、ヴィゴ・モーテンセン

そんな彼が新しく生みだした愛されキャラクター「トニー·リップ」と、


何度でも旅に出たい。